たった一人の貴方に贈る11の言葉:温もりの消えた部屋



不安で怖くて嫌だった。
温もりのない部屋。
いつだって人の気配があったのに、今は見る影もない。

「カノン」

呟いてみる。
反響する音は空しさを増幅する。
雑音のない空間。
一人しかいない。

サガは窓を開ける。
閉鎖している空気に耐えきれなかった。
わずかに舞う埃。
昇ったばかりの日差しを受けて部屋の中で乱反射。

サガは光に手を伸ばす。
眩しく、掴めはしないことを知っていながら手繰り寄せるように手を伸ばす。
視点が定まらない眼差しは熱病者のよう。
無為な行動を繰り返す。
あるいは、不毛に終わらないように繰り返す。
手の平から零れ落ちた砂を一生懸命かき集めて手の中に戻そうとする行為。
徒労であっても縋るように繰り返す。
それ以外の方法が見つからないから。

気が付くとサガは無心に掃除をしていた。
朝食も忘れ、昼間だと気が付きもせずに清掃に躍起になっていた。
デスマスクとアフロディーテの来訪に気が付きもせず双児宮の一室を掃除し続ける。異様な光景。
鬼気迫るサガに声を掛けるのに臆していたデスマスクに気にもしないのかアフロディーテは容易く笑顔でサガに挨拶をする。
薔薇を手にするアフロディーテに一言「花を散らすでないぞ」と返して、黙々と掃除をし続けるサガ。
戸惑うようにデスマスクは「何しているんだ」と疑問を投げる。
サガは呆れたように溜め息をつき「掃除以外の何に見える?」とデスマスクを見ずもせずに言う。
掃除の手は止まらない。
いつもと違い愛想のないサガに戸惑い顔を見合わせる二人。

帰ろうかと部屋を出て行きかけたデスマスクをアフロディーテが止める。
何事か囁き合い、大きな掛け声の後、バラバラに「おめでとう」とサガに言った。
大きな声にサガが驚き、弾かれるように二人を見る。
掛け声の意味がないとアフロディーテはデスマスクの足を踏みつけた。
デスマスクはシュラのように理由をつけて断ればよかったと後悔した。
いや、無理矢理にでもシュラも連れてくればよかったのだ。
そうしたら、アフロディーテからこんな理不尽な責めは受けはしなかった。
見切り発車に良いことはないんだと毒突きたかったが抑える。そんなことを口に出せば火に油だ。
改めてなのかアフロディーテが「おめでとう、サガ」と微笑みかける。
渡そうと手の中の薔薇を差し出す。
サガはそれが目に入らないのか、遠い眼差しで呟く。

「あぁ――誕生日、おめでとう」

微笑むサガにデスマスクは「おめでとうはアンタだろ」といぶかしむ。
アフロディーテは薔薇で作った小さな花束を抱えて困った。
サガの言葉は、鸚鵡返しではない。アフロディーテに言ったわけでもない。
ここには居ない者への言葉。
二人には理解できないサガの呟き。
戸惑っている二人にサガはやっと現実に帰ってきたように姿勢を正す。
掃除の手を完全に止め、正面からデスマスクとアフロディーテを見る。
神の様なと形容される清らかな微笑を浮かべて「ありがとう、二人とも」と笑いかけた。
アフロディーテの可愛らしくまとめてある花束も礼を言って受けとる。
渡せたことに嬉しそうに表情を和らげるもののアフロディーテは先程までのサガの様子に首を傾げる。

「サガ、もしかして疲れているのか?」
「そりゃ、疲れるだろ。ここって、倉庫にしてて使ってないって言ってた部屋だろ?
 ……それをこんな人が暮らせるぐらいに綺麗にして」

「いつから掃除してたんだか」とデスマスクは呆れとも感嘆ともつかない溜め息をついた。
デスマスクの言葉には間違いがあったが、それは訂正できないものであるし、そういうことにしたのもサガ自身である。
嘘に嘘を重ねていくと、ただ痛ましいことになる。
だからといって、止められない嘘もある。
サガはデスマスク言葉に何も言いはせずただ柔らかく笑う。
アフロディーテからの贈り物を嬉しそうに眺める。
花束の特異さに気が付きアフロディーテをサガは見た。

「アフロディーテ、これは……?」

アフロディーテがくれた花束は二つだった。
一つ分が小さかったので気が付かなかったが、藍と青のリボンが一つずつ可愛らしくついている。
別々だと主張するように。
気が付いてくれたことが嬉しいのか、茶目っ気のあふれた顔で得意そうにアフロディーテは言う。

「サガはいつも二セット欲しがるだろう?
 ……寝室に飾る用と居間に飾るようにでもしてくれ」

「誰かに片方だけなら渡すのも構わない」と微笑むアフロディーテ。
二セットの謎に言及はしないのは流石はアフロディーテ。空気を読んで地雷を的確に避けていく。
その点、デスマスクはアフロディーテが会話の主導権を持っていたので口を挟まなかったが、
浮かぶ疑問が霧のように頭から離れないでいた。
二人の心情を知ってか知らずか、サガはただ微笑む。
渡せるかは分からないと内心で思いながらも、本心から「ありがとう」とアフロディーテに笑いかけた。
真心には真心で返さなければならない。
簡単なことではあるがとても難しい。

「二人とも、昼食は?」
「サガと一緒に、と思って」

アフロディーテの言葉に笑みを深め「アテネへ行こうか」とのサガの言葉に驚く二人。
聖域外へ行くことは、あまり気軽にはできない。
サガは気後れしている二人に「大丈夫だ。このぐらいは大目に見てくださる」と笑いかける。
元来真面目一辺倒ではない二人なのでサガの提案に喜んで頷く。
支度をすると自室へ行くサガに一つの花束だけ活けておくと、
アフロディーテは花束の一つを持って居間へと向かった。
デスマスクも手持ち無沙汰なので着いて行く。

なんとはなしに振り返る。
太陽の光とは別の何かが窓辺で揺らいだ気がした。
瞬きをすると何もなく。
デスマスクは気のせいで片付け、アフロディーテを追った。
改めて振り返れば、光と同化するように煌めいた髪が視認できたかもしれない。

だが、デスマスクが振り返ることはなく、温もりが消えた部屋には太陽のあたたかさが降り注ぐ。
温もりが戻ったことにサガが気が付くのは、日付変更間際。






2006/06/01

聖域top


誕生日top




あとがき

聖域の設定は金髪双子ですので、
光が当たっていると髪の毛わかりづらいのです。
多少の仲たがいのあるもののまだ仲良し双子。

お題はここから。[別窓で開きます]