たった一人の貴方に贈る11の言葉:伝えたいたったの一言
晴天。
抜けた青空。
高い頭上に優しい日光。
サガは早く今日の修行が終われば良いのにと思った。
すぐにでもカノンに会いたい。
今日は自分達の誕生日。
本当は一日中でも一緒にいたい。
今まではそうやって過ごしてきた。
誕生日に離れ離れなんて考えられない。
カノンがこの空の下、何をしているのだろうかと考えるとたまらなく歯がゆい。
一人っきりで居るのだろうか、教皇と一緒なのか。
どちらにしても気に食わない。
隣にカノンがいないことがじれったくて仕方がない。
もどかしい気持ちを解消するために真剣に聖域に馴染もうと努力するものの、今日だけは何だか空回り。
サガは強く思う。
カノンに会いたいと。
今日はまだ会ってはいない。
昨日は教皇の間でお別れしたのだ。
今日のカノンは双児宮には来ず、そのまま教皇の間の近くにいるのだろう。
花畑があると言っていた。
そこにいるのだろう。
二人が共有していない場所があるなんて悔しくてカノンに少し冷たい態度をとってしまった。
謝ったら許してくれたけれど、こんな時に思い出しては後悔してしまう。
いびつな冠は嬉しかったのに、上手くお礼も言えないままだった。
一緒に作ればもっとキレイな冠になると笑うカノンに何も言えはしなかった。
二人の間に気遣いは無用で、けれどそれは気を遣わなくて良いということではなかった。
大切なことなのに忘れてしまう。
遠く鳥の声。
どこかの木に止まっているのだろう。
姿は見えなくて、鳴き声だけが聞こえる。
焦る気持ちを知りもしないで、時はあくまで緩やかに流れているよう。
「っ……サ……ガ……サガ!」
至近距離での声に驚いて飛び退く。
呆れたような、困惑したような、なんとも言えない顔のアイオロスが居た。
取り繕うようにサガが口を開く前に「熱中症?」と聞いてきた。
余程、ぼんやりとしているように見えたらしい。
溜め息を吐き「そんなわけがないだろう」と答えるものの、
自分はそこまで無防備であったのだと心はこわばる。
カノンのことを考えていると、どうにも外面に対する反応が鈍くなる。
あるいはそれが素なのだとカノンは言うが、サガは納得しかねている。
「まぁ、平気ならいいや。……今日誕生日だって聞いたんだけど?」
「――あぁ。そうだが?」
アイオロスが言わんとすることが伝わらず、サガはいぶかしむ。
誕生日だからなんだと言うのだと目で問えば、困ったように笑って言った。
「おめでとう」
「……あ、りがとう」
アイオロスはただ言いたかったのだと、はにかみを見せる。
呆然とするサガにアイオロスは悪いことをしたかとたずねるも無視された。
よろよろとサガは日陰に移動する。
やっぱり具合が悪いのかと気にかけてくれるアイオロスには悪いと思いながら、サガは言葉は返せない。
ただ、気が付いたのだ。
日陰から上を見て太陽の傾きを知る。
今日がもうどれほど残されているというのか。
今日という日をどれほど消費したというのか。
「アイオロス、ありがとう」
「あ、うん?」
どうにもサガを掴みきれず曖昧な返事しかできないアイオロスにサガはただ笑いかける。
その笑みをどうとったのか「元気ならいいか」と口の中でアイオロスは呟いた。
サガは自分がしたいことがわかった。
単純なこと。
いつもならば、夜寝る前あるいは朝起きて言い合ったのだ。
一番に相手に伝え合う。
それが特別の普通な日常だった。
「おめでとう」
「ありがとう」
そんな当たり前のやり取りがしたい。
思ってしまったら、駆け出さずにはいられない。
全てを放り出して、会いたいと思った。
アイオロスに別れを告げてサガは教皇の間に向けて走り出した。
午後どうするのだと叫ぶアイオロスの声も既に遠い。
アイオロスならばなんとかしてくれるだろうと珍しく他力な思考回路。
頭は白詰草を摘んでいるであろうカノンのことでいっぱいだ。
ほどなく教皇の間に辿り着く。
張り詰められた空気。
誰にも見咎められない。
そもそも神官の気配はない。
カノンのために人払いがされているのだろうか。
それとも元々のことなのか、サガには判りかねた。
カノンを探す。
闇雲に動いてはいけない。
教皇に見つかれば怒れるのはサガだけではないし、
聖域の最高権力者である教皇に逆らっていいことはない。
すでにバレてしまっていたとしても、会わないに越したことはない。
カノンを見つけることはサガにとっては容易い。
常に傍にいて、遠くに行ってもなんとなく感じ取れる存在。
それがサガにとってのカノン。
カノンにとってのサガも同じ。
入り組んだ道の先、壁のように細工された扉を開く。
ほんの少し漏れた光がなければ、ただの行き止まりの壁に見えただろう。
目印のようにかすれた庭園の彫り物が天井近くから掘り込まれてはいるが、
逆にそれが周りとの一体化に一役買い、扉ではなく壁に見える。
サガは取っ手を探そうとして、
目線より少し上の高さに半月型に規則正しくオリーブの実が並んで入る場所に気が付いた。
押してみると窪む。
それを取っ掛かりとして横にスライドさた。見事に開く。
手を離すとバネでも仕掛けられているのか、凄い勢いで閉まった。
サガは挟まれずに済んだものの大きな音に耳が痛くなった。
草原の中心あたりビックリしたのか上半身を起き上がらせてカノンがこちらを見た。
寝ていたのかもしれない。
文句を言おうと口を開いたのだろう。
サガの顔を見て驚きに固まる。
教皇と勘違いしたのだろうか。
そんなカノンにサガは満足し弾む足取りを押さえるようにゆっくり近寄っていく。
「サガ……、どうしたの?」
目の前に来たサガにカノンは未だに信じられないと言いたげに見つめる。
カノンの半端に被った麦わらの帽子についた白詰草をサガは払っていく。
「カノン」
「うん?」
「誕生日おめでとう」
サガの言葉にカノンはまじまじとサガを見る。
少し考えた後、笑った。
「ありがとうサガ」
ふんわりと木漏れ日のような柔らかさ。
カノンは少し離れたところの草場からなにやら取り出す。
冠だった。
以前より少しだけ上手に作れていた。
大量の白詰草に埋もれて気が付かなかったが辺りには失敗作と思しき残骸が沢山ある。
ずっと作っていたのだろう。
「誕生日おめでとう」
草の香りに心は和む。
サガもカノンと同じように座りこむ。
なるべく白詰草を潰さないように。
「ありがとうカノン」
サガの微笑みに照れたようにはにかみを返すカノン。サガはカノンに麦藁帽子を被せる。
カノンはサガと違い日差しが好きではなかった。
焼き尽くすような太陽の光が馴染まないらしい。
サガも得意ではないが、カノンほどではない。。
「カノン、思ったのだが摘み方が荒っぽいよ?」
「あぅ」
気にはしていたのかカノンは肩を落とす。
「こうやればいい」とサガは根元で横に引っ張って切る。
「そーやれば良かったのか」
「上に力任せに引っ張っていた?」
サガの問いにカノンは頷く。
茎から汁が出てきたりして大変じゃないかと色々と言いたいこともあったが、
今から一緒に正しく作っていけばいい。
「どちらが早く上手く作れるか、やろう?」
「えー、どうせサガだろ?」
勝負を持ちかけるサガにカノンは不満そうに言う。
「早さなら、カノンにも分があると思うけど」とサガは言うものの勝敗自体はどうでもよかった。
勝ち負けなんて、二人にはあまり関係のないことだ。
ゲームはいつもどっちも勝っててどっちも負けているようなもの。
結局はサガの勝ち。
午前中から冠を作っていたカノンはもう集中力が切れてしまっているらしい。
勝負のことも忘れて帽子を脱いで寝っ転がってしまった。
「ちょっと休憩」とは言うものの明らかに瞼が落ちかけている。
サガは手持ち無沙汰になったので、カノンが千切るようにして摘みとって散乱させた白詰草で指輪を作ってみる。
量産して髪飾りにもなったので、うとうとしているカノンの髪に編みこんだ。
カノンの眠りを促すように温かな風が吹く。
サガがカノンの両手に腕輪を作る終わった時、カノンは目が覚めた。
もう日が落ちてしまい、月が昇りかけていた。
「お腹が空いた」というカノンに頷くサガ。
手を繋ぎ合って扉まで歩いていく。
二人の指には白詰草で作った指輪。
カノンは照れくさかったのか、気が付いたのに何も言わなかった。
扉の前まで来て、カノンは首を傾げる。
サガも首を傾げる。
カノンとは違って、勝手がわからない。
こちら側からはどうやってでるのだろうか。
「そういえば、凄い音させてたよな」
「あぁ、ビックリしたな。あんな風に勢いよく閉まるとは思わなかった」
サガの台詞にカノンは痙攣じみた反応をする。
「閉まるって言ったか?」カノンは聞き返す。サガは頷く。
「バカ!ここは完全に閉めたらこっち側からは開かないんだぞ!!」
そんなことは初めて知った。そもそもバカとはなんだとサガは言い返したかったが、抑える。
カノンが本当に焦って混乱しているので、煽るのは控えないといけない。
「どうしよう」と言うカノンに「どうしようもない」と言うしかない。
「いつか教皇が気が付くだろう」
「……はぁ。今日が終わる前には気が付いて欲しいけどな」
カノンの言葉にサガは「二人だけでこうやって過ごすのもいいじゃないか」と拗ねたように言うと、
「夜は冷えるんだぞ」と恨みがましくカノンは言う。
どうやらカノンには一人でここに閉じ込められたことがあるようだ。
落ち込むカノンの手を強くサガは握る。
「カノン、二人だから寒くはないよ」
伝えたい言葉。
サガはずっとカノンに一人じゃないと言い続けたかった。
寂しくなくても悲しい。
カノンが一人でいるのは悲しい。
「おめでとう」と「ありがとう」と言い合えないなんて辛すぎる。
今日はカノンが生まれた日。
サガと一緒に生まれた日。
世界で一番祝福される。サガと一緒に祝福される。
そんな約束は聖域に来ることで崩れてしまっているけれど、
それでも「おめでとう」と伝えたい。
「ここにいるよ」と告げたい。
カノンは全てを分かっているように、ただ嬉しそうに笑って、サガの手を握り返す。
強く強く、離れないように。
けれど、優しく柔らかく。指輪が千切れないように。絆が欠けないように。
触れ合っている手の平は温かく、夜風では冷えはしない。
2006/06/08
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あとがき
聖域に来たばかりぐらいの仲良し双子。
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