たった一人の貴方に贈る11の言葉:どうしようもない日々



今日は無情にも過ぎる。
何があろうとなかろうと、時は過ぎ去っていく。
思い出したように時計を見てはサガは溜め息を吐く。
昨夜は今日が来なければいいと思っていた。
今は今日が終わらないで欲しいと願っている。
埋められない寂しさに泣くこともできない。
ただぼんやりと埋まらない空虚さを吐き出す息で満たす。


食事は全て味気ない。
薔薇の装飾も灰色に翳む。
全てを引っ掻き回して破壊したい衝動に駆られる。
その後の片付けを考えると行動を起こす気はないが、今更になってサガは色々と納得した。
カノンもこんな重苦しいものに嫌気がさしていたのだろう。
外から見るカノンには上昇する不安定な土台にしがみ付いているサガは滑稽だっただろう。
早く落ちれば痛くないとそう言っていたのだろう。
あるいは落ちそうな釣り橋の真ん中に留まるのは止めろと、警告していた。
そんなことも気が付かずにカノンを生け贄として捧げて作った、この石橋は今の所は強固に見える。
捧げた代償に見合うものではなくても、相応のものを返してくれなくては困る。
勝手な自分にサガは自嘲する。
カノンの残滓が微かにでもあるからこそ、この地位に世界に縋るのだ。
罪深いが、この罪が最後の繋がりでもあったから。

自分の思考回路にうんざりして、溜め息をこぼす。
時を切り刻む針の音に嫌気がさして、破壊しないかわりに触れることも止める。
食事は食べたか食べていないのか判断が付かないほどにしか減っていない。
アフロディーテは落胆するだろうが、フォローは二人がするだろう。
今日を一人にしてくれたことだけに感謝する。

廊下を歩きながら、昔聞いた歌を口の中で呟く。
異国のものだけれどもよく聞かされた歌の中の一つ。
本来子供同士のゲームに使うのだが、二人でやったことは一度もないし、誰かとやろうとも思わない。
カノンは大勢でやりたいと思っていそうだけれども、一度も口に出しはしなかった。
昔から、実現不可能なことはカノンはあまり言わない。
どこを図り間違えたのか大言壮語を吐く時もあるけれど、あれは空元気みたいなもの。
天然な時もあったけれど、基本的にはサガを元気づけるため。
だから、カノンが正しいとは言えないけれど、実際に言葉通りのことが実現できた。
二人で、ではないけれど。
あの時のカノンの言葉は間違ってはいなかったと言うことだ。
分かり切っている馬鹿馬鹿しい結論はどうでもいい。
サガはかぶりを振る。
どうしようもなく過ぎていくだけの今日という日が辛すぎる。

カノンに会いたい。
謝りたいし謝らせたい。
触れたいし触れて欲しい。
積み上げた石橋を崩してもいいとさえ思える。
そう思えるのは、きっと今日だけだとしても。

歌を口ずさむのを止めて、あかずの扉を開く。
「開けられるのだからあかずではない」とカノンが昔に笑っていたと、ふと思い出す。
今日だけは思う存分懐古に浸る。
誰にも許可はいらないけれど、今日だけ浸る。それが自分への贈りもの。


予想に反して、開いた扉の中からは埃の匂いはしなかった。
もう一人の自分が掃除でもしているのだろうか。
ここはあの3人にも教えてはいない。
知っているのは自分だけ。
今の自分に心あたりがないのだから、消去法で黒髪の自分しかいない。
殊勝なことだ。
それがカノンのためだというのが感心よりも苛立ちを深める。
だが、自分の方がカノンを大切にして想っているという事実はけして揺るがない。
そのはずだ。

サガは無表情で棚の上に指を滑らせる。
ほんのりついた埃に表情を崩す。
意味もなく勝ち誇った気になったが、すぐに違和感を感じる。
サガがこの部屋に入るのは久しぶりだが内装を忘れるはずがない。
知らず後退して違和感の正体に気が付く。
棚が別のものに変わっていた。
なぜもう一人の自分がそんなことをしたのか首を傾げるものの、自分の内部へたずねる気にもならない。
頭の中で声も出せないぐらいに今は押えこんでいる。
今日は自分とカノンの誕生日なのだから、そのぐらいの権利は当然あって然るべきだとサガは思っている。
寝台に腰をおろし、ぼんやりと見知らぬ棚を見る。
以前のものはどんなものだったかと思い起こそうとして気が付く。
いつだったか、サガが棚を壊してしまった。
鬱屈した気持ちを晴らすように棚に想いをぶつけてしまった。
そしてそれを直しもせずに放置した。
新しくなっている棚に直せないほどに無残な形にしてしまったかと記憶を漁り、
サガは思い出せない自分に溜め息をついた。
自分が自分として以前ここを訪れたのがいつかもわからない。
カノンを求めながらも、どこか忌避しているのだ。
怖がっているのだろうか。
会うことが出来るのならば、今すぐにでも会いたいと思っているのに。
この想いは真実だというのに。
今日限りの思いだとしても。
間違いない本当の気持ち。

この部屋には時計がない。
あったかもしれないが、今はない。
だからといって、時計の針の音から解放されたと気楽に考えもできない。

「誕生日、おめでとう」

口の中で小さく「カノン」と呟いて目を閉じる。
目を開けるとカノンがいるなんて奇跡を期待してはいないけれど、
少なくとも目を閉じている間だけは居るか居ないかは分からない。
勝手だけれど、そう思うことが唯一の慰め。
そして、このまま眠ってしまえば夢で逢えるかもしれないと儚い希望に縋ろうと身体の力を抜く。
微かに舞い上がる空気に埃は混じっているものの、
もう一人の自分はまめに布団を洗濯でもしていたようで眠るのは苦でない。
気分は悪くなるものの枕に顔を埋める。

自分とカノンの年を数えて、なんでこんな事になっているのかと苛立つがどうしようもない。
「カノン」と呟いてみてもカノンは現れてはくれない。
ずっとそうなのだろう。
これからの未来に絶望する。
奮い立たせる気力は今はない。
カノンの部屋の中で取り繕いには意味がない。
今日だけは偽りない心で「もう一度会いたい」と願う。
叶わなくても、願い続ける。


どうしようもない日々をこれから積み上げる。
いつか崩れる日まで。
その先でカノンに会えるだろうかと本の少しだけ期待して。




2006/06/10

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あとがき

基本的にサガは別に物にあたるタイプではありませんが、
カノンのものに関してはカノンと同じように手加減なしに扱います。

黒サガが掃除している風景を思うとほのぼのしてきます。

お題はここから。[別窓で開きます]