たった一人の貴方に贈る11の言葉:帰りたいけど歩きたい



ふと起きてしまった深夜。
うなされて起きるのは日常になっていた。
今回はそんな風に気分の悪いものではなく、朝に目が覚めるように自然に目覚めた。
外の暗闇にサガは今日が曇りなのだと勘違いしたほどだ。
生憎と今日は終わってはおらず、明日になろうとまだ時を押し流している最中だった。

ただの気まぐれで寝室を抜け出し冷え冷えとした石造りの廊下を歩く。
小宇宙により点々と灯しては消していくランプ。
カノンが見たならば不毛な行為と笑うだろう。
暗闇の中を歩くことなんて容易いのだから、光なんて本来はいらない。
それでもなお目前のものだけとはいえ、光で照らしたいとかといえば、サガが闇と混ざるのが嫌いだからだろう。
カノンとは違い、闇を味方につける利点がサガにはなかった。
以前であれば。
今はカノンと同じような、罪深さではそれ以上の闇に身を潜めなければならない存在。
闇を味方にした方がいいと現在の自分の状況でわかってはいながら、サガは頑なに拒否し続けている。
それが、ランプを点けては消す行為。
子供じみた、儚いささやかな抵抗。

はめ込まれた窓枠を外す。
今の体格では少々サイズがきつくはあったが、そこから外へと出る。
聖域に来たばかりの頃に見つけた、教皇の間から抜け出すのに二人でよく使っていた窓。
来たばかりの聖域に閉じ込められるような密室の息苦しさを感じて、
時折、隙を見てカノンがサガを引っ張って木々の連なる森へと歩いた。
迷うと鳥が教えてくれるように導いてくれて、どれほど深くはいってしまっても帰れなくなることはなかった。
その森もこの窓も、触れることがなくなってどれくらいになるのだろうとサガは苦く笑う。
忘れ去ったわけではないのに、記憶に上らなくなっていた。
無意識に忌避していたのだろうか。
カノンとの思い出だから。

鳥の声は聞こえない。
静まり返った森。
随分と歩いたようで、初めの一歩のような違和感。
心細くなる。
何度ここに訪れてもその感覚は変わらない。

「カノン」

昔はしっかりと手を握り合い、離れることはないから平気だと不気味な森を進んだ。
抗いがたい違和感はあるもののカノンがサガの手を握っているのならば構わなかった。
不安げにあたりを見回すカノンもサガが手に少し力を入れて主張すれば安心したように笑った。
怖いけれど興味深くて。
不気味だから引き寄せられる。
不思議な森。
道がわからず途方にくれて「帰りたい」とカノンがサガを困らせれば、鳥が道を教えてくれた。
何も考えず鳥を信頼するカノンに疑うサガ。
けれど、鳥は本当に親切だったらしくいつも無事にサガとカノンを元の窓の場所まで案内してくれるのだ。
今回は鳥の案内は期待できない。
理由はわからない。
直感として、鳥は助けてはくれないと思った。
大きな理由はサガがカノンのように素直に助けを求めないからだろう。
昔はカノンと一緒に素直に想いを口に出していたかもしれない。
今はもうわからない。
弱音の出し方も、思いの告げ方も。
だから、どうでもよくなってしまった。
どうでもよくしてしまった。
見えないものは無いものだから、語らないものも無いもの。
けれど、時々はサガも幼い子供のように「帰りたい」と素直に泣きたい。
望んでなかった、間違いだったと認めてしまいたい。
この森ではなく、この道を引き返したい。
ナイーブになるのは明日が近づいているからか。
サガは嘆息する。
軽く瞳を閉じて、まぶたの裏に懐かしい像を描く。

「おめでとう、サガ」

懐かしい言葉に後押しされて、まだ歩き続けたいと思う。
明日がたとえ祝福されなくても、生まれた事実は変わらない。
古い祝福でも消えはしない。

今日は月も出てはいない。
星のせいで完全な暗闇でもない。
闇がもっと濃ければいい。
雲が全てを覆えばいい。
そうすれば、何事もないように明日は終わる。
雨雲はこんな時だけ来はしない。
闇は否定したいけれど、闇の中にカノンがいるのなら受け入れてもいいかもしれない。

「カノン」

届かなくても呟く。
恋しくて、あまりに遠いから。
どこにいても繋がっているというのに、サガにはカノンがわからない。
考えが、居場所が、形すらあいまい。

「誕生日おめでとう」

日付が変わった確証はない。
そんなものはいらない。
一日中、心に思って口に出していればいいのだ。
呪いのように、どこかにいるであろうカノンに染みこめばいい。
それだけが、そんな夢想が唯一の救い。

「誕生日、おめでとう」

サガは振り返らず歩いていく。
見落としたものに気付いても振り返らずに。
どこか、遠い過去の声。

「二人が一緒の場所が、二人の帰る場所」

遠い果てない約束事。
帰りたいけれど、本当は今すぐにでも帰りたい。
けれど、サガはそんな心を抑えこむ。

まだ、歩かないとならない。
歩き始めてしまったのだから。
カノンがどこかで歩いているかもしれないのだから。
止まれない止まらない。

懐かしい場所は懐古を誘い、歩みを鈍らせるけれど、活力も同時に与えてくれる。
カノンを想うことは痛いし切ないし狂いそうな程の痛みを抱くけれど、それなしに存在できるほどサガは強くない。
「いつか、帰るから」と上を見る。
鳴き声も姿もなく、落ちてくる羽根だけが鳥がいたのだと教えてくれた。
見守っていてくれたのだろう、案内人に心の中でサガは礼を言った。




2006/06/13

聖域top


誕生日top




あとがき

サガの帰る場所はカノンの居るところ。
カノンの帰る場所はサガの居るところ。
だから、お互いがお互いの場所を目指すとすれ違ってしまったりもする。

お題はここから。[別窓で開きます]