たった一人の貴方に贈る11の言葉:信じてる



星降る夜の願いごと。
二人だけの内緒話。
信じている。
お伽話のような不確かなものを、まだ信じている。
ずっと、信じ続けたいと願う。

それだけは、いつまで経っても変わらない。



サガは閉じていた目を開ける。
吹く風はかすかに死臭を乗せている。
場所はスターヒル。
星を見る場所。
偽りの己を始まらせた場所。
とりつくろうための仮面はずっと昔からつけ続けていた気がする。

瞳に映るのは満天の星。
ただ美しいと見つめることが出来なくなった、今でさえ、幼い約束は変わらない。
口にはお互い出さなかったけれど、いつまでだって変わりはしない。
永遠というものが存在するのなら、胸にあるこの約束だけだとサガは思った。

日付はもう変わっただろう。
それの意味することは残酷な現実。
あるいは、なんてことのない行事。

わずかに星が瞬いた。
偶然であったとしても、祝福のようだった。
最大の幸福が切り捨てられているにもかかわらず、優しさはいつの時でもあり続ける。
例えば、謀反を起こしている自分に従う、三人が内心はどうであれ、優しい。
謀反人に仕立て上げた本来、教皇になるべきだった射手座は哀れなほどに優しかった。
気付くのが遅すぎた教皇ですら、たぶん優しかった。気付きながらも屠られたのだから。
最後までただ自分の役割を演じるように全うした弟もまた、痛ましいほどに優しかった。
そんな優しさは残酷で必要がなかったのだとしても。優しかった。

「カノン」

サガは考える。
自分は今日をどう思えばいい。
生まれて来てよかったとそう思うべきなのだろうか。
カノンが居たのならばどう返してくれただろう。
笑うのだろうか。怒るのだろうか。
サガに何をくれるだろう。

「カノンは」

きっと、仕方がないという風に呆れて笑ってくれる。
そして、照れくさそうに真正面から目一杯の温かな心をくれる。
サガが考えもつかないような思想で理論で、納得させてくれるだろう。

「誕生日おめでとう、カノン」

カノンはきっとサガにそう言う。「おめでとう、サガ」と言ってくれる。
どれほどサガが自分を嫌って捨て去ってしまいたいと願っても。カノンは祝福をくれるだろう。
「一緒に生まれて良かった」と言ってくれるだろう。
泣きそうなほどの優しさでカノンは言ってくれるだろう。
だから、サガも返す。
「おめでとう」とカノンに。
約束事として。

最大の幸福は、まだ信じ続けているといこと。
それは、約束のたった一つの確かな形。
まだ失われてはいないということ。
存在し続けているということ。
それだけは、幸せと言える。

星々の光は衰えはしていない。
存在を主張するように煌々と輝いている。
カノンがもしどこかでこの空を見上げているのなら、なんて幸せだろう。
今はどこにも動けないから、ささやかな繋がりで構わない。
現実逃避だとしてもカノンがこの空の下のどこかに居ることを祈る。
守護する神を殺し損ねた己は誰に祈ればいいのかは分からないけれど、それでも。
これだけは曇りのない透明な幼い頃と同じ心で願える。

「カノン。嘘だと否定するだろうけれど――まだ、ちゃんと信じてる」

「まだ、ちゃんと覚えている」とかみ締める様に続けて呟く。
届きはしない、今更の言葉でも。サガは吐露していく。
湧いたばかりの真新しい水のように心は澄み切る。

「二人で居たのに二人で居なかった……帰りたかったのに帰れなかった」

スターヒルの祭壇を見渡す。
死臭は染み付いてしまっている。
こわばった顔は表情を作れない。
サガは言葉を続ける。
届かない告白だからこそか、饒舌に。

「本音を押し流すことが、二人のためだと思っていたんだ」

最も天に近いほどに高い場所。
そこに一人で居る。
サガは不安でも悲しみでもなく、空しさを抱いた。

「全部、カノンのためだった」

偽善と自分を含めて二人から罵られる勝手な思考だとしても。
本心からサガは言葉を紡ぐ。
震える身体を支えて。
甘美ではあるが懐古は辛いものだった。
幸せと同時に痛みも思い起こすことになる。

「カノンと二人で居たかった……今だって二人で居たい」

サガはへたり込む。
疲れたわけではなかったが、立っていたら発作的に飛び降りてしまいそうな気がした。
生まれた日なんてどうでも良かった。
自分だけが生まれた日ならば。
カノンが生まれた日なのだから、今日は大切な日。
祝ってあげたい、傍に居たい。
けれど、どこにもカノンは居ない。
残酷すぎると泣いてどうにかなればいい。

時は流れる。
優しく。
早く。
いつの間にか夜を押し流した。
明けない夜はないと言うように、昇る太陽は瞳に優しかった。

今日という日が刻まれていく。
それを否定はしたくはなかった。
サガとカノンが一緒に生まれた日だから。

眩しいほどの光に抱かれ、サガは目を閉じる。
どこか儀式めいた光景。
厳かに流れる空気。
祈る聖職者。
まぶたを開ける。
穢れた罪人にあるまじき澄んだ瞳。
「変わらない」と音にならないぐらい微かに呟く。

「おめでとう、カノン。――私は今も変わらず、一緒に居たいと願っているよ」

出さない手紙のように真っ直ぐな本音。
覆い隠してしまっていた真心。
いつかカノンにこう言ったのなら、どう反応するのだろうかとサガは考える。
心が軽くなった気がした。





2006/06/15

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あとがき

サガはカノンが言うだろうことやるだろうことが分かりますが、外れる時もあるのです。(逆も然り)
それが嬉しくそれが悔しいそんな二人。
同じ姿でも自分と会話をしているわけではなく、
価値観の差異はサガとカノンが居るということだから、とても大切。
(だから、どうしようもないほどに会いたくなる)

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