誰かのために何かを犠牲に出来ますか



「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

十二宮の上から順番に聞いていった。



初めに聞いた冥界と海界の神々は言った。
「愚問だな」と。
同じ口調で同じ仕草で、こんなところで兄弟なのだと思ってしまう。

双子の神は違った言い回しで同じことを言った。
当人達はそれに気がついているのかいないのか。

黒衣を纏いし不運な女は笑って答えはしなかった。
不服ではあったが、それを答えと受け取った。

冥闘士たちは皆、「その一人というのがハーデス様を指すのなら」と答えた。
中には迷わずに頷いた者も居たけれど。

続いて、その場に来ていた海闘士たちに聞いた。
一様に硬直したかと思うと、次の瞬間には力強く頷いた。みんな素直だ。
嬉しくなったので海の神に喧嘩を吹っかけるのは少しだけ自重しようと心に決めた。



そうして気分の悪い冥界から帰り、自らの神殿を下る。



「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

生憎と教皇はいなかったので聖域一番目の回答者は双魚宮の守護者。
首を傾げた後、恥らう乙女のような可憐さで頬を染め頷いた。
詫びるように手に持っていた薔薇を一輪くれた。
毒があるかと多少身構えはしたものの、優しい香りに顔は緩む。
上機嫌に宝瓶宮へと歩いていく。

小さく後ろで吐かれたため息にはもちろん気が付いている。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

自宮にて待機するよう緩く勅令を出しておいたというのにいつもながらに蠍座の男は意に介せず。
個人的な興味なのでお咎めはしないでおくと前置きをして叱り、終わって早速本題。
宮全体を支配する冷ややかな気配を放つ青年は即座に頷く。
そんな友人を呆れたように横目で見た後、三つ先の宮の住人は「自分もです」と頷く。
「犠牲の種類によりますが」と付け加えた。
その答えに笑みで受け、お茶に誘われたが次が待っているのだと断り歩きだす。

二人は小さく何事か囁き合ったようだ。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

うたた寝するように寝そべっている磨羯宮の守護者に小宇宙を押さえて入ってきたとはいえ困ってしまう。
軽く頬を触れると弾かれたように起き上がり目を見開いた。
驚いて悲鳴を上げ後ずさったのがいけないのか、盛大に謝られた。
どこで覚えたのか土下座をされて、こちらの方が申し訳ないと思ってしまう。
なんとか落ち着いた彼に投げかけた質問は、悪いタイミングだったのだろうか。
あからさまに勢い込んで悩みだされてしまった。
保留にしてもいいと言うと、「貴方様のためならば全てを捧げます」と嬉しい言葉。
正座して見上げてくれているので、とても良いアングルだわと心に一人ごつ。
爽やかな気分になったので笑顔で磨羯宮を後にした。

小さく走る音が聞こえた。顔を洗いに行ったのだろう。微笑ましくて一人で笑う。


人馬宮は不在。ちょっぴりムッとするものの獅子宮にいるらしいので納得することにした。
双児宮にいたら双子を味方に説教をするつもりだったが兄弟仲よくならば見逃してあげることにする。
天蠍宮は先程、会ったので居ないのは知っている。
天秤宮も仕方がない。
淋しく三つの宮を通過して、処女宮を目指して歩いた。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

今度は小宇宙を隠さずに宮に入ったというのに出迎えの言葉もなし。
座禅を組んで気付いていない相手に向けて投げた質問は長々とした説法で返された。
ありそうな展開だとは思ったものの、本当にその通りになるとは驚き、早々に退散することにした。
聞いていたい話でもあったが時間があまりない。
丁寧に理解したことを伝え、兄弟の待つ次宮へと歩く。

背後で、小さくお茶を飲む音が聞こえたが、きっと気のせいだ。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

驚き座ったまま固まる弟を尻目に兄は飄々と立ち上がりもせずに頷く。
「他を犠牲に出来ますが、犠牲を出さずに済ませます」と。
まぁまぁ、なんて英雄さん。偉いので頭を撫でてあげた。
弟の微妙な表情もなんのその、兄は元気に笑った。
宮の守護者である弟は戸惑ったように「犠牲を出さずに済む方法を模索したいと思います」と答えた。
これが年の差なのかと似たもの兄弟に微笑する。
数年後はどうなるのかと楽しみになる。
二人に見送られながら、巨蟹宮へ歩いていく。

小さく「楽しみだ」と笑い声と共に聞こえた。人馬宮には帰らずに間を置いて双児宮に行くのだろう。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

顔に出して「アンタ何言ってんの?」と言いたげなチンピラ顔に手近にあった銀のプレートを投げる。
もちろん外れて壁の死に顔に当たってしまう。
悲痛な悲鳴に顔をしかめる。
謝ったら指をさされて笑われた。ニケで殴らないように自制した自分を褒め讃えたい。
一頻り笑った後「アンタのために人類を皆殺しに出来るかって質問か?」と聞き返されて焦る。
首を振る仕草がまたツボにでも入ったのか笑ったがすぐに止まる。
「特別なたったの一人のためならそれに捧げる犠牲は犠牲じゃない。ただの等価交換だ」と口元だけで笑った。
意外にちゃんとした答えを返してくれた。
曖昧にはぐらかされるかと思ったので、ついつい顔が緩まる。
付け足すように「その一人はアンタじゃねぇケドな。女神様」と皮肉気な言葉は聞かなかったことにする。
他の誰かに聞かれたら反逆罪なことをさらりと口にする、
マフィアのボスもやっていそうな巨蟹宮の守護者はいつでも命知らずである。
茶化さずに答えてくれた礼を言い、気になる双児宮へと歩を進める。

「さて、どうなるのかね」と小さく聞こえる。「聞いてみないと分かりません」と小さく答える。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

時刻はちょうど夕方から夜へさしかかる逢う魔が時。
まぁ、お誂え向きと早速二人に質問をぶつける。
片方はなんだか可愛いエプロンと三角巾を着けている、お手製ならば立場を忘れて婚約してしまう。
取ろうとするので、否定を許さない微笑でもって止める。
いつも通りであろう兄と夕食作りのスタイルらしい弟の同じ顔ゆえのアンバランスさが面白い。
知らずに顔が笑っていたのか、落ち込ませてしまった。
隣の弟をそ知らぬ顔で兄は「それはいけないことでしょうか?」と質問に質問を返すように言った。
溜め息をつくような隣の気配に視線だけを弟に向けはしたがそれも一瞬。
「いけないとは思いません。色々な考えがあって良いでしょう」たおやかに答える。
視線を隣に移し、夕食作りに逃げようとしている双子の弟を見る。
咳払い一つ「前科者に聞かれるのは、どうかと思いますよ。女神」と言った。
確かにそう言えばそうなのかと、二重の意味の前科者に手を打つ。
「そうね」と笑うと兄の方は落ち込み、弟は苦笑した。
この二人にこの質問も、愚問であったのだ。
おかしくなってクスクス笑うと兄の方に心配されてしまった。
弟はさり気なくお茶を出してくれた。

一息ついて去ろうとしたら、いつの間にか薔薇が手元から消えていた。
見ると一輪挿しの花瓶にささっている。萎れかけていた花は見る見るうちに甦った。
そのまま双子は一輪挿しの花瓶をくれた。
透明な薄硝子でできた涼しげな物。
趣味の良いこれはどちらが買い求めたものか問いたい衝動に駆られるが、グッと我慢する。
すぐ知ってしまっては意味がない。
自分なりに推理してから答えを聞こう。
花瓶の出自はまたの機会に回すことにして、金牛宮へと歩いていく。

小さく、炊事の音が聞こえる。美味しそうな匂いに、ご相伴に預かればよかったと近づいてくる次期教皇の気配に思う。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

夕食少し手前な時間帯ではあったのだがちょうど金牛宮の守護者は食事が終わった様子。
タイミングが良いのか悪いのか、多少悔しさがあったがそれを笑みに変える。
巨体に似合わず繊細な思考回路の持ち主なので、食後の会話としては問題があったかもしれないとほんの少し感じる。
訥々と語った内容は彼らしいの一言であった。
この人柄にそのままで居て欲しいと笑顔を向けると恐縮だというように巨体が萎縮する。
何を言っても気を使わせてしまうだろうと、白羊宮へはや歩きで進んだ。

遠慮してか小さく「足元にお気をつけ下さい」と優しい言葉。振り向き頷いて手を振る。戸惑ったように手を振り返してくれた。


「貴方は一人のために他を犠牲に出来ますか?」

三人分の夕食が待った準備の良い白羊宮の守護者は質問に笑みを浮かべ、
「どうぞ、こちらへ」と質素に見える古い細工ものの椅子を指す。
全体的に白羊宮は質素に見える高級作りだと出された食器類などを見て思う。
ともかく、師弟揃った「いただきます」の声に慌てて混じる。
美味ではあったが、質問の答えを聞いてはいないので改めて訊ねる。
そのタイミングでデザートを出される。
はぐらかしている訳ではないと口では言うものの、結局最後まで答えを言葉にはしなかった。
始終、微笑ましいと言いたげな視線が答えだろうか。
小さなアッペンデックスに元気に見送られ、さっさと帰ろうと歩みを速める。


神殿は目前、気まぐれに振り向くと月を背にしてそれはいた。


最後に現れるは黒い影。
出てきてくれるのは予想外。
わざわざご苦労様と言葉をかける間もなく、冷たい眼差し。
質問も待たず、口元は「愚問だな」と形作った。
「そうね」と頷くと「無駄が好きだな」と侮蔑を込めて笑う。
その笑いを受け止める。
後ろからエプロンも三角巾も外した黒い髪の彼の弟が走ってきた。
三角巾を取っても髪の毛は二つ結びのままなようで、険しい顔とのアンバランスさが愛らしい。
目を細めて、近づいてくる弟を見る。口を開きかけた瞬間、髪の色が変わっていく。
倒れこむ兄を不可抗力的に抱きとめ支える弟。
このタイミングで意識を手放すのは、わざとかわざとではないのか悩むところ。
そのあたりは深く考えていないのか、諦めているのか、投げやりなのか、
とりあえず目の前の自分と同じ体格の者を持ち上げるのにどうしようかと考えているような彼にアドバイス。
苦い笑いを浮かべながらも、了承したのか兄を異次元に突き落とした。
身軽になった弟は屈んで内緒話をするように耳元で囁いた。
何を言われたのかは聞こえなかっただろうに、何を悩むのかは分からないだろうに、彼の言葉は的確だった。
抱きつくように抱きしめると戸惑い焦ったような気配の後、抱きしめてくれる感触。
名残惜しさはあったが、すぐに離れ一礼する。
頬が熱い気がしたが、相手のいたわりに満ちた笑みに自然といつも通りに微笑めた。
挨拶もそこそこに別れた。振り向かず自分の神殿へと歩いていく。

小さく「ヤバいかなぁ」と呟きが聞こえた。どれに対しての言葉かはとても気になったが問うことはできない。



色々な人の言葉、態度で思う。
その人にとっての犠牲の意味合いも違うのだから、この問いに意味なんてないではないか、と。
他「の全ての物」を犠牲にする覚悟を本来の意味で持てていたのは頷いた全員ではない。
「一人」以外は自分すら勘定の外だとちゃんと理解していない。

まぁ、ただの思いつきの質問。
どんな答えをくれたとしてもそれはそれ。
その時の気分でいい。
明日は違う答えかもしれない。
明後日はもっと楽な道かもしれない。
来週は実現不可能な理想論になっているかもしれない。
それでいい。

海界の神に半分ちょっと取られた双子座は「思考することに、意味はあるから」と言ってくれたのだから。
全ては無駄ではないと彼は優しく言ってくれた。

老人以外の黄金に聞いたのだから次は白銀かしらと自分の神殿で笑う。
大きな笑いではないが石造りなので反響して大変不気味なこととなった。
自業自得ではあるが。




2006/05/07

海界top





あとがき

小話のつもりで書きはじめたのですが、意外に長くなりました。(これの半分以下の長さの予定でした)
完全一人称、名前出さない話の第一弾。
第二弾は企画段階なので未定中の予定。

海闘士はともかく冥闘士が答えてくれるとは流石は女神です。
神さま達も答えてくれるし、人徳?

カノンは基本的に、無駄なものなどありはしないと思うタイプです。
(まぁ、女神に落ち込んで欲しくもありませんしね)


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