羽根は遠い昔に失ったのです。
触らないで。触らないで。 お願い、一人にしないで。 何が本当かわからない。 どこが偽者かわからない。 作りものめいたガラス細工。 砕け散ったのはいつだったか。 初めからならば、壊れたことで完成した。 ――鳥篭の鳥は、籠の中に居ないと死ぬのんだよ。 呪いのような言葉。 大丈夫。 忘れてない、覚えている。 飛びだとうと思えないことぐらい、知ってただろう? 生かされたのだと知った。
霞み行く光景。 水の香り。 解放へと導く甘い誘惑。 抱きしめられる感触。 ささやかな慰め。 連れて行かれる。 気付いたときには全ては過ぎ去った後。 まだ、生きていた。 独りの会話
――なにを言っている。 そうだよなぁ。 ――黙ってくれ。 うるさいよな。 ――もう、いらない。 そんなの知ってた。 二人の会話
問いかける言葉。 ――本当だよ。 怯え震えた言葉。 ――疑わないで。 繰り返される言葉。 ――嘘でしょう? 語り続ける言葉。 ――偽り? ――愛しているよ。 ――言わないで。 お前の言葉はどこにあるんだ?
あぁ、それで? お前はどうしたいんだ? 結局、どうしたかったんだ。 そんなことも二人は気付けなかったんだ。
ちゃんと聞けばよかったんだ。 ちゃんと話せばよかったんだ。 そんなことに二人ともが気付かなかった。 アイオロスは思う
一人は辛いと言うけれど。 二人ならば辛くはないのだろうか。 存在の肯定も否定も。 その自分以外のたったの一人に任される。 命を握られたようなもの。 幸せなのだろうか。 二人でいるのなら本当に辛くないなんて言えるのだろうか。 サガ
ごめん。 ごめんね。 全てを奪ってごめんなさい。 そう言えば「自惚れるな」と怒られた。 自由をとりあげてごめんなさい。 そう言えば「お前もだろ」と笑われた。 裏切ってごめんなさい。 そう言えるはずもなくて、もう一人の自分に罵られた。 二人が二人して仮面に覆った顔をただアイオロスは見ていた。
あんなに泣いていたあの子が泣かなくなって。 笑っていたあの子が泣き始めた。 ささやかな。 ほんの、ささやかな変化。 見逃してしまうほどに小さかったから、誰も気付きはしなかった。 泣いていたあの子が苦い笑顔を見せる。 諦観と汚濁を呑み込んだ、その心は奈落を思わせる。 微笑を壊せないあの子は白かった。 下にある色を塗りつぶすために重ね塗られる白。 本当の顔がもう見れない。 真実はどこにもなくなってしまった。 届かないからこそ言えること
神さま。 君は神さま。 私の神さま。 女神よりも私を支配する残酷な神さま。 私より私を必要とし、私を形作る神さま。 お前は私にとって創造神なのだよ、カノン。 知らないだろう。 思ってもいないのだろう。 私がこんな風にお前のことを想っているなんて。 ねぇ、カノン。 行ける・逝ける・生ける
酷く透明な感覚。 曇って行く視界。 冷えていく肢体。 自分の名を呼ぶ兄を感じて、それが無ければいけるのだと感じた。 繰り返される自問自答
知らなかった。 分かっていなかった。 こんなに、動けなくなっていたなんて。 自分の意思とはなんですか。 兄の意見ではありません。 自分の思想とはなんですか。 兄の思考ではありません。 自分に自分の意思などありますか。 その姿はまるで……
毟り取られた翼を捜しているようで。 愚行とはこういう事を言うのだと、笑いもしない兄を見て思う。 何を罪と言いますか?
見えない。 何も。 なにもかも。 痛く冷たく苦く辛い。 それはただの夢で。 焦がれる想いは残骸で。 外。 内。 隔てられた世界。 手に入らない。 憧憬。 願いは虚しく。 想いは儚く。 望みは泡沫。 見えない。 手に入らないならないのと同じ。 聞こえないなら何も見たくない。 外。 それはウタカタの夢。 ナユタの幻。 全ては無。 内。 それは一時の楽園。 永遠の地獄。 全ては夢幻。 二人の現。 焦がれ続けた残骸の想いがまだそこら中に転がっていても。 ここ以外に生きる場所なんて知らない。 それは、いけないことですか? 私の翼を君は羨ましいと言うけれど……
翼があった。 君にも確かに翼があった。 毟り取ってしまったんだ。 自らの手で。 |