たった一人の貴方に贈る11の言葉:まだ、そこに居ますか?



窓から流れる冷気。
静かな空間。
押し寄せる思い出。


反響する言葉。
恐る恐る発した。
怯えずにはいられない。
双児宮内にサガの独り言めいた呼びかけが静かに響く。

異様なほどの静謐を壊す。
沈黙が好きなわけではなかった。
清廉な空気に身を置くことは好んだが、一人の場所は寂しさが付きまとう。
悲しいと言えもしない苦しみ。
カノンは昔に味わっていたのだろう。
因果は巡るということ。


幼い記憶。
あるいは13年間の記憶。
忘却の河に流した痛みの思い出。
見ないように蓋をしたのにカノンが容易く開いてしまった。
閉じ直してはみたものの中身は洗いざらい外に出てしまった。
たった一つを除いて。
箱の奥底にこびり付いたソレさえ出て来なければ問題はない。
混濁した思い出は事実とはなり得ない。
薄汚れた硝子越しに見る絵は歪でしかない。
だからこそ、真実には全てが程遠い。
発した問いかけを消せはしないように、どの日々だって無くなりはしない。
積み上げた年月はとても重苦しいけれど、これからの未来に比べれば軽すぎる。
進んでは戻ってを繰り返してはいるけれど、着実に新しい自分に変わっていっている。
それは、祝福すべきこと。だから、前向きにカノンからその言葉を聞きたいと思った。



枕に顔を埋めるカノン。
怒っている訳でも悲しい訳ではないとはいえ、カノンが今どう言う表情なのか見れないのはもったいない。

「カノン、顔上げて」

軽く頭を撫でると不満げな唸り声が聞こえる。
拗ねているというよりも、言葉にならないのかもしれない。
カノンは言葉にされるのが好きなのに、いや、だからこそか、とても弱い。
「照れくさいやら嬉しいやら恥ずかしいやら……」と昔、困ったように言ったことがある。
自分から言うことに抵抗はないのに、サガが同じことをすると沈んだり舞上がったりと忙しい。
だから、カノンを困らせないようにいつからかサガは言葉よりも形で、行動で示すようにしていた。
13年前を思い返して、行動で示せなかったのだから言葉を伝えれば良かったんだと思い知る。
カノンはサガの言葉に困るけれど、嫌っていた訳ではなかった。
上滑りする言葉ではなく真心を伝えれば良かった。
今更のことを今更に理解していく。
これからは、絶対に同じことはないという証拠。
今更であったとしても、遅すぎたということはない。

「サガはずるい」

その通りではあるのだが、頷いては火に油。
サガは考えるような仕草の後「先のは、なしにしよう。誕生日に喧嘩は私もしたくはない」
と妥協案なのか何なのか仕方がないと言いたげに思わせぶりにあてつけがましく言う。
カノンは困ったように顔を枕から上げ、上目遣い。

「その……嫌な、わけではない」

困ったように「いきなりだったから」とはいうものの、
宣言して言ったところでカノンの反応は変わらないだろうなとサガは思う。
とはいえ、頷いて「ごめんね」と謝る。
複雑そうなカノンの顔に微笑む。
きっとカノンはサガが怒るとでも思ったのだろう。そんなわけがないのだが。
カノンは変なところで臆病。

「サガはどうして恥ずかしいことを平気でするんだ」
「恥ずかしくないからに決まっている」

堂々とサガが言うのでカノンはまた枕に突っ伏した。
「カノンだって」と言おうとしてすごい勢いで睨まれたので、言葉は飲みこんでおく。
サガも横になり、カノンと目線を合わせる。
近い位置。昔と同じ場所。
「仕切り直し」とサガが言うとカノンは頷いた。

改めて日付変更を確認して二人で微笑む。
カノンは照れくささが抜けてはいないよう。

「おめでとう、カノン」
「おめでとう、サガ」

同時に交わされる言葉。
お互いが分かり切っていることを確認しているようで、不毛だけれど、帰ってきたという確かな感覚。
カノンがサガの手を握る。

「カノン?」

無意識の行動だったようで困った顔で逃げようとする。
手が外れそうになってしまったのでサガは強く握る。
逃がさないように、離さないように。
この温度がある限り怖いことはない。
悲しいことはあるけれど、辛いこともあるけれど、怖くはない。

「えっと……」
「手を繋いで寝よう?」

戸惑うカノンにサガは名案とばかりに笑顔でたずねる。
困ったような顔をした後、カノンは無言で頷く。
昔はそれが普通だった。
寒くても暑くても手を握りあって一緒に眠りにつく。
寂しくないように。
一人じゃないという証に。
二人が居るという証明に相手の温度を感じる。
幸福のまま眠りにつけるのなら、これほど幸せなことはないだろう。

「カノン」
「うん?」

少し眠そうなカノンの声。
まだ、電気はつけたままなので眠りはしないだろう。

「花畑」
「花畑?」

カノンは不思議そうに上を向いていた顔をサガに向ける。
「花畑」という単語が初耳だとでも言わんばかりに。
唐突なので仕方がないかとサガは微笑む。

「教皇の間にあるだろう?……森とは違った方向の」
「――あ、……あぁ。花畑、花畑……ね。うん、あるな」

カノンは気がついたのか首を傾げたのちに頷いた。
少し疲れたというか呆れた感じがあるのはどうしてだろうか。
何かを言おうとして飲みこんだように見える。

「何だか含みのある言い方だな」
「含みはない、ツッコミたいところはあったが……どうでもいいことだ」

どこか自分に言い聞かせるような言い方のカノンに、
更に言葉を重ねようとして「で?」と訊ね返されて止まる。

「以前とは、結構変わったのだよ。一緒に見に行こう?」
「アイオロスに誘われて見に行ったぞ?」

カノンはよく考えもせず、そのまま事実を口にする。
サガとしては面白くない。
全然面白くない。

「カノンの裏切り者」

ポツリと言ったサガの言葉に有りっ丈の精神力で言い返すのをカノンは抑えた。
拘っては関わっては駄目だと経験で嫌というほど知っているからだ。
とりあえず、つっこんではいけない。
藪蛇になる。
一言、言い返せたのなら「それはお前だ」とカノンは言っただろう。
別にそこまでカノンはあの場所にこだわりがないので勝手に改変された風景があろうと構わない。
サガの勘違いに一々ツッコミをいれていては身は持たない。
だから、無味乾燥とまではいかない程度の場所が可愛らしく変貌していても文句はない。
意外であったし、色々と悔しくはあったがカノンはサガほどこだわらない。

「行ってもいいが、何をするんだ」

溜め息混じりにカノンは問いかける。
サガのどこか機嫌のよさそうな顔にカノンは嫌そうな顔をする。

「昔のように四つ葉のクローバーを探して、冠を作ったりしないか?」

カノンは思わず遠い目をする。
何かを言おうと唇を動かすものの声にはならない。
発言することを諦めたのか「いつかな」と言った。

「明日?」
「教皇の間にいる時に暇があったらにすればいいだろ?」
「そうか、それもそうだな」

カノンの言葉にサガは頷く。
そうと決まったら、明後日あたりから二人だけのシフトで仕事が溜まらないような時が出来る予定表を作成しよう。
頑張れば、案外早く実現できそうだとサガは嬉しそうに笑う。
疲れたようにカノンは「他の奴らに迷惑掛けんなよ」と釘を刺した。

ささやかな、小さな約束。
果たされるまでどちらとも忘れはしない。
違えることはない。二人の約束。
昔は曖昧な口約束を少しずつ一つずつ消化していった。
小さなゲームのように。
覚えていなかったほうの負け。
守れなかったら罰ゲーム。
一日相手の言うことを聞く。
暗黙の了解によって成り立ったもの。
どれも明言してはいない。
けれども、約束を守れなかった罪悪感から一日だけはとても優しくなる。
相手も罪悪感が消えるようにいつもよりもちょっとの無茶を頼むのだ。
明日からは普通に戻る。
その日で水に流して終わり。
サガとカノンのそれが日常だった。
変な気遣いはしないけれども、息を吸うように自然と相手を思って動く。
失われて久しかったが、消えてしまったわけではない。
やり直すとはこういうことだとサガは思った。
小さなことから少しずつ修復し、より強いものとする。



明かりを落とす。
けれども、温もりは消えない。離れない。
静かではあるけれど無音ではない。
カノンの吐息が近くにある。
夜風の冷ややかさすら遠い。

眠りに落ちるか落ちないか、そのぐらいに時間が経ってから「ただいま」とサガはカノンに囁いた。
「おかえり」と柔らかな声が返ってきた。「まだ、居る?」とたずねると「当たり前だろ」と帰ってきた。
嬉しくて繋いでいない方の手でカノンを抱き寄せる。
耳元でカノンが「おかえりなさい」と囁いた。
満たされる思い。
千切れない絆。
望んだもの、全てがあった。


カノンもサガも、まだ此処に居る。
約束の場所に、帰り道を間違えずに戻ってきた。
強固な砦は補強され、もう誰にも崩せない。
ずっと、此処に居る。

もう、何処にも行かない。





2006/06/22

聖域top


誕生日top





あとがき

「まだ、そこにいる?」との問いかけを愚かでもしてみたくなるのがサガ。
目の前にカノンが居ても居なくても、その答えは自分の中にあるのですが、とりあえず確認とってみたくなるらしい。
自問自答症候群(?)にカノンを巻き込んで全て解決。

約束のこの場所での続き。というかすぐ後。
(「約束」と「帰る場所」の話題が比喩過ぎている気もします。
 カノン編と合わせて読めばもう少し分かりやすいかなぁと思われます)

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