たった一人の貴方に贈る11の言葉:迫り来る孤独



走っていた。
我武者羅に。
サガは全速力で走っていた。

息は上がっていた無様に。
けれども、気にはしてられない。
もうすぐ、今日が終わってしまう。


「ただいま」も言わず双児宮の玄関をくぐる。
名前を呼びかけようとして、自分の荒い息に邪魔される。
焦ると上手く呼吸もできない。
整える時間も惜しくて、ただ走る。
手当たり次第に扉を開ける。
誰もいないことに落胆よりも寂しさを感じる。
無粋な時計の針に孤独の足音を聞く。

こんなつもりじゃなかったのにと後悔は今更遅い。
探して、探して、見つからないなんて嘆きたくもない。
背後から耐えようのない圧迫感。
目に見えない圧力。
蠢く闇の気配。
徐々に押し寄せる。
首筋がひんやりとする。
自分の呼吸が嗚咽に変わってしまいそうで首を振る。
居るはずがないと判っていながら、何度となく、
迫ってくる決定的な孤独から逃げたくて扉を開く。

以前は孤独なんて、そんなものとは無縁だった。
感じることはありえなかった。
いつだって二人で居て、それが当たり前の世界。
別れているなんてありえない。
あってはならない。
そんなのは、間違っているから選ばない。
生き方を間違えたはずはない。
サガは何度も扉を開閉しながら思う。
自分は正解しか選ばず、正しいことをしているんだ。
だとしたら、何故こんなにも寂しいのだろう。
ネジくれたそれが理解できず、サガはただ扉を開けてカノンを求める。


上がっていた息はいつの間にか戻っていた。
焦っていた足もいつの間にかゆるやか。
ゆっくりと扉を開ける。
かみ締めるように。
ここに居なかったら、サガにはもう為す術はない。
サガにはカノンがどこに居るのか、どこへ行ったのか解らない。
悔しくて悲しくて辛いけれども、本当に。

サガは祈るような気持ちで目を閉じる。
双児宮でカノンが与えられた部屋。
この場所に帰ってきてくれないのなら、その先は考えられず絶望がサガの胸を焦がす。
静かに開いた扉。
気配はしない。
けれど、消せない期待にサガは閉じていた目を開ける。
カノンが居た。
窓枠に腰かけて。
揺れるカーテンに隠されて、蜃気楼じみた存在感。
俯き、今にも窓から出て行きそうなカノン。
左手の指を外から伸び、室内に侵入しようとしている蔦に絡めて遊んでいる。
カノンの動きはそれだけ。
時折、揺れ動くカーテン以外は本当にそれだけの動きしかカノンの部屋にはない。
カノンがもし、左手の指で蔦をいじるのを止めてしまえば、彫像とかわりないのかもしれない。
サガが扉を開けたことにも気が付かないカノン。
別に蔦に興味なんかないだろうに、夜風に身を任せるわけでもなく俯くことで世界を閉ざしているよう。
左手だけで繋がっている。
その蔦が切れてしまうとどうなってしまうのだろうかと考えると恐ろしかった。
孤独に急かされるように、迫る時間に後押しされるようにサガは静謐を壊す。

弾かれるように視線を上げるカノン。
息を止めるように、サガを見つめた。
そして、流れるような動作で沈んだ表情をなんてことないように取り繕う。
サガは確りと切り替わるカノンの表情を見ていた。
胸が痛んだ。
見えない溝の境界が敷かれているように感じる。
容易く左手の指に繋いでいたような蔦を放し、サガの所に駆け寄る。
嬉しいはずなのに、切なさが心を占めた。

「誕生日おめでとう。サガ」

カノンがサガにはできないであろう、ただただ真っ直ぐに透明な微笑を見せる。
綿菓子のような柔らかさではなく、夏の日に作られた氷細工のような、薄硝子より脆いが強固。
切なさも寂しさも吹き飛ばすような爽快さ。
二人して心の底からホッとしていた。
お互いがお互いの気持ちを感じる。
サガもカノンにだけ見せるとっておきの微笑みで応える。

「誕生日おめでとう、カノン」

ギリギリ日付変更前。

温かなもので満たされる。
孤独の影はどこにもない。

こんな単純なことで満たされるのに、どうしてあんなにも孤独を感じたのか。
未来への不安だろうか。
別れる予兆だろうか。
そうならないために、頑張っているというのに。

カノンを抱きしめる。
温まったサガの身体と風に冷やされたカノンの身体。
お互いがお互いに相手の体温に驚いて笑う。
「いつもと逆だ」とカノンが笑い、サガは「そういうこともあるさ」と笑って答える。
窓から夜風が入ってきても、二人の間には入れない。

日付が変わっても、二人はただただ繋がっていた。



2006/06/07

聖域top


誕生日top




あとがき

サガ、必死に探す。
カノンは探したら見つかるけれど、探そうとしなかったら絶対に見つからない。

温もりの消えた部屋の続きと言えなくもない)


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