彼方の思い・2
「ええっと・・・何だか大変な事になってる気がするんだけど・・・」
目の前の光景を見ながら、イオは呆然と呟く。
その横でページを捲っていたソレントが、視線は外さずにイオの発言に突っ込んだ。
「珍しくまともな事を言いましたね」
「珍しくって何だよ! 俺は何時もまともなの!」
思わず叫ぶイオに、ソレントは面倒そうに適当な相槌を打つだけだった。
それにアイザックからも疑わしげな視線が向けられて、イオは項垂れる。
「だって・・・こんなの可怪しいじゃないか」
ぼそりと呟くイオの目の前には、テティスの嬉しそうな声が響いている。
そして聖域の次期教皇とされているアイオロスと、何故か沙織の姿まであった。
部屋を飛び出したテティスがしばらくして連れて来たのが、この二人だったのだ。
てっきりカノンの兄であるサガが来るだろうと身構えていたイオたちは、まずアイオロスと沙織も来たという事に驚く。
だが驚くイオたちに構う事なく、アイオロスはテティスに頼まれたであろう写真を見繕ったらしく、アルバムを何冊か持っていた。
それはどうやら、カノンだけではなく黄金聖闘士たち全員も写っているらしいが。
沙織はそれが見たくて付いて来たらしい。
そして今は三人、楽しそうに写真を眺めている。
「これは何の写真ですか?」
テティスが広げたアルバムの一枚を射すと、横から覗き込んでいた沙織も首を傾げる。
「何かしら・・・。皆正装していますから、儀式か何かかしら? これは何の時の写真ですか、アイオロス?」
興味深そうに、それでも柔らかく問い掛ける沙織に、アイオロスはにこやかな笑みで答えた。
「女神、これはムウが聖衣を拝命した時に、皆で撮ったものです」
「そうですか」
二人とも感心したように頷き、また別の写真へと視線を変える。
「女神、こちらに写っているのは、実はカノンでして」
「あら、本当にサガと見分けが付かないわね」
「海竜様、とってもお若いですね」
思い出の詰まったアルバムを和やかに見つめている辺り、実に微笑ましい光景であるのだが。
「良いのかな・・・海竜に内緒でこんな事して」
勝手に過去を覗いているイオたちを知れば、カノンの怒りと説教は免れない。
「別に構いやしないでしょう。ああして・・・」
ちらりと視線を上げてソレントは女神を見ると、肩を竦めた。
「海竜も頭が上がらない女神がいらっしゃるのですから」
そう言ってソレントは、横から一冊取ったアルバムのページを捲る。
何気にしっかりとアルバムをキープしている辺り、そつがないとイオは思う。
「それに海竜の兄上じゃなくて、まだ良かったんじゃないのか?」
ソレントの横に座って、アルバムを一緒に見ているバイアンも、そこまで気にしなくて良いだろうという調子でイオに言った。
その反対側にはアイザックもいるが、カミュの昔の写真もあるので、会話に参加すらせずに見ている。
「それとも、見たくない、という事ですか?」
ソレントが顔を上げてイオを見ながら、小さく笑う。
それにイオは首を思いっきり横に振った。
「あ、それは違う。俺も見たい」
「結局見たいんじゃないですか・・・」
「見たいけど、怖いんだよ!」
叫びながら、それでもソレントの後ろからアルバムを覗き込む。
しかしそのイオの叫びに、バイアンは小声で同意した。
「それはちょっと分かるな・・・」
カノンの怒る様子がどれ程凄まじいか、海将軍は全員知っている。
どうかまだ来ませんようにと思いながら、結局バイアンもアルバムを見るのだった。
「あの・・・これは海竜様でしょうか?」
控え目に尋ねるテティスの声に、皆の視線が一気に注目する。
そこには法衣を纏い、何故か小さな白い猫を抱きながら柔らかな笑みを浮かべる少年の姿。
「・・・双子座の方じゃないのか」
アイザックがぼそりと言えば、イオも頷く。
「こんな風に海竜、笑わないだろ」
沙織も首を振る。
「私もサガのように見えますけれど・・・どうなのかしら」
沙織が顔を上げれば、全員の視線が今度はアイオロスに向く。
だがその視線に動じる事はなく、アイオロスは答えた。
「これはカノンです」
「え!? 本当?」
イオが思わず叫ぶが、海将軍たちは似たり寄ったりの感想だったのだろう。
思わず写真に注目する。
逆にテティスは自分の予想が当たって大喜びだったが。
「やっぱり海竜様だったのですね」
「よく分かりましたね」
感心したように沙織が言えば、テティスは嬉しそうに答える。
「笑ったお顔の雰囲気とかが、とても似ていらっしゃいましたから」
「・・・そうかなぁ」
テティスの声に、イオは首を捻りつつ写真を見る。
同様にソレントも不可解という感じで、溜息を吐いた。
「あの人にもこんな可愛らしい時があったんですねぇ・・・」
写真の少年の姿を今のカノンの姿と重ねて、ソレントは感想を漏らす。
バイアンも見ながら、しみじみとアイオロスに言った。
「よくこんな写真、撮れましたね」
あれ程警戒心の強いカノンでは、写真を撮るだけでも至難の業だろう。
と言うか、海将軍の誰もが未だ持って実現不可能だと思っている。
「そうだね。これはプライベートで撮った写真だから、カノンも気楽だったんじゃないかな」
アイオロスが、カノンの不利になるような事をする筈がないという信頼感もあったに違いない。
アイオロスは頬杖をつきながら、バイアンたちを見返した。
「そちらには、こういう写真はないのかな?」
「ええ、まぁ」
バイアンが苦笑しながら答えれば、ソレントが片眉を顰めながら返事をする。
「海竜が撮らせてくれませんから」
「カノンらしいな」
笑うアイオロスに、益々ソレントの眉間の皺が深くなっていくのを、イオたちはハラハラしながら見守った。
いかにも、昔からカノンの事を良く知っている発言に苛立っているのだろうが、こんな所で技を発動されては堪らない。
「落ち着け、ソレント!」
「落ち着いていますよ、失礼な」
イオの言葉にジロリと睨み返してくる辺り、何処が落ち着いているんだと、イオは内心で泣いた。
その間もページを捲りながら、沙織はそこに残っている遠い過去に目元を和ませた。
そこには、沙織の知らない過去が形作っている。
沙織の前に跪く黄金聖闘士たちの、幼い姿。
時折見えるカノンの影。
「よく残しておりましたね」
柔らかく微笑みながら、沙織はアイオロスへ視線を向ける。
「ええ、他の黄金聖闘士たちが写っているので、破棄を免れたものですから」
嘗ての暗い過去を、明るい口調でアイオロスはさらりと言った。
そこには厭味なものも、何もない。
「カノンの写真まで」
「ああ。サガだと言えば、皆が信じますので、それはもう堂々とアルバムに入れて置いたのです」
屈託なく答えたアイオロスの言葉に、思わず全員が笑う。
「貴方は、昔からそうなのですねぇ」
口元を手で覆いながら、沙織は鈴の根を転がすように笑った。
「あの、この写真を撮られた頃の海竜様って、どうだったのですか?」
熱心に写真を見てはうっとりとしていたテティスは、顔を上げてアイオロスに尋ねる。
「そうだね・・・でも、カノンに話して良いか訊いてからでないと」
「あら、そういうお話なら、私も聞きたいわ」
珍しく言葉を止めるアイオロスに、沙織も聴きたいと抗議の声を上げる。
「女神もですか?」
「ええ。私、何も知らないものですから・・・」
瞳を伏せ、憂い顔を見せる沙織に、アイオロスは頷いた。
「分かりました、女神」
先程、カノンに訊いてから、という言葉はもう何処かに行ったらしい。
やはり黄金聖闘士らしく、沙織第一になるようだ。
そして回りも当然反対の声など上がらなかった。
どころか、イオなどもう身を乗り出している。
そんな皆の視線が注目する中、アイオロスは懐かしい過去を思い出しながら、写真が撮られた頃の話をし出すのだった。
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2006/04/16
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